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第7話 苛立ち①

last update Last Updated: 2025-06-03 17:11:11

 誠一に呼び出されたさくらは、彼の部屋へ向かっていた。

 なぜ誠一に呼び出されたのか、見当がつかない。さくらの心の中は不安が渦巻いていた。

 さくらは誠一が苦手だ。

 どこか近寄りがたくいつも不機嫌そうな彼は、人を寄せつけないオーラを放っている。

 さくらのことも嫌っているように感じられた。

「さくらです、失礼いたします」

 部屋に入ると、誠一が椅子に腰かけ足を組み、鋭い眼差しでこちらを睨んでいた。

 さくらはなんだか蛇に睨まれているような感覚に陥り、逃げ出したくなった。が、引き返すことはできない。

「誠一様、何か御用でしょうか」

 誠一はさくらを舐めるように見つめ、静かに口を開いた。

「おまえ――未来が見えるのか?」

 いきなりの核心をついたその言葉に、さくらは動揺する。

 凝視して固まってしまったさくらを見て、誠一は嬉しそうに笑った。

「ははっ、当たったか。

 まさかそんなことがあるとはな……驚いたよ」

 さくらはどうするべきか悩んだ。

 ……まだ誤魔化せるか?

 頭のいい誠一に、嘘を貫き通すことなんてできるのだろうか。

「なぜ、そう思うのですか?」

 さくらの声は震えて、か細かくなっていた。

 そんな彼女をあざ笑う様に、誠一は余裕の笑みを見せた。

「以前からおかしいと思っていた。

 おまえはときどき不可思議な言動を取っていたからな。まるで未来が見えているかのような。

 特に最近気になったのは、食事のときグラスに指紋がついているのをいち早くおまえが気づいたこと。

 よく見ないとわからない、わずかな指紋を事前に気づくなんて……しかも、旭ではなくおまえが。

 そしてもう一つ、紅茶の件。

 間違って用意されていた紅茶の缶を、おまえが気づいて取り換えた。よほど注意していないと、違う葉だなんて気づかないだろ。

 あの時もおまえの行動に違和感を抱いた。

 そして、俺が確信に至ったのは、聖の誘拐事件だった。

 最近のおまえは、やたらと聖のことを監視していただろう。きっと聖に何か起こるから、おまえが監視していると俺は考えた。

 そうしたら、本当に聖の誘拐が起きた。

 それで俺は確信を得た。おまえには、未来が見えるのではないかと。

 見えた未来が良くないことだった場合、おまえがそれを回避するように仕向けていた。

 ……そうじゃないか?」

 誠一が言ったことは、すべて合っている。

 やはり、頭が切れる彼をこれ以上誤魔化すことはできそうもない。

 さくらは覚悟を決めた。

「……はい、私は未来が見えます」

 その言葉を聞いた誠一は、目を大きく開いた。

 そして、下を向いて顔を手で覆う。

 誠一の肩が揺れだし、小さな笑い声はだんだんと大きくなっていき、部屋に響き渡った。

「さくら、おまえなんで今まで黙ってた!? そんな素晴らしい能力!」

 誠一が歓喜に震え、両手を広げ喜びをアピールする。

 さくらは訳がわからなかった。

 今まで一度も素晴らしい能力だなんて、思ったことがなかったから。

「私は、普通ではないので、気味悪がられるかと……」

「何を言ってるんだ! その能力は使えるよ。その能力を、他に知ってる奴はいるのか?」

「……いいえ、誠一様だけです」

 さくらの返答に、誠一は意味深な笑いを漏らす。

「なあ、さくら……おまえ、聖にこのこと知られるの嫌だろう?」

 誠一が探るような目を向けると、さくらの顔は一瞬で青ざめていく。

「お願いです! 聖様に言わないでください!

 ……誰にも言わないでください」

 さくらが酷く焦っている様子を見て、誠一は嬉しそうな笑みを浮かべる。

「いいぜ、黙っててやるよ……その代わり、俺の言うことを聞いてもらう」

 何かを企むような笑みを漏らす誠一。

 その様子に、さくらの心の中は、また嫌な予感が渦巻き始めていた。

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Comments (1)
goodnovel comment avatar
憮然野郎
誠一、鋭いですね......️ しかし、さくらの能力を利用しようとするあたり、嫌な予感がしますね...
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